曖昧さのことば

とりとめない

toritomenai

ramblingwithout focusaimlessincoherent

つかもうとしても、するりと手をすり抜けていく——まとまりのない考えや言葉の、その形のなさを「とりとめない」と言う。


意味

話や考えにまとまりがなく、つかみどころのない様子。どこにも焦点が結ばず、あてどなく流れていく思考や言葉の状態を表す。

「とりとめのない話」「とりとめもないことを考える」のように使われ、必ずしも否定的とはかぎらない。むしろ、結論を求めずに漂うような、くつろいだ思考の質感を表すこともある。

この語に共通する感触は、どこにも留まらず、形をなさないまま流れていくという、つかみどころのなさだ。


語源

「とりとめない」は、「取り留める」の打ち消し。「取り留める」は「取り」+「留める」で、しっかりと捕らえて確保する、まとめて引き留める、という意味を持つ。

その否定形であるから、「とりとめない」は、つかまえどころがない・まとまりがつかない、という状態を表す。なお「一命を取り留める(危ういところで命を救う)」も同じ動詞で、しっかり引き留める、という核の意味は共通している。

品詞・活用

  • 品詞:形容詞(連語「取り留めも無い」に由来)
  • 言い換え:とりとめのない/とりとめもない
  • 核の意味:「取り留める(しっかり捕らえる)」の打ち消し
連体形とりとめない話
「のない」形とりとめのない思い
強調とりとめもない一日

ニュアンス

「とりとめない」は、ただ「意味がない」のとは違う。

無意味さを責める語ではなく、焦点が結ばないまま、あちこちへ漂っていく状態をそのまま描く。だから「とりとめのない話」には、退屈という否定だけでなく、肩の力が抜けた心地よさが宿ることもある。結論へ向かおうとしない、そのゆるやかさが「とりとめない」の本質だ。

とりとめないとは、どこかへ向かおうとしない思考の、自由なかたちのなさだ。

何かを掴もうとした瞬間に、それはもう別のところへ流れている。その手応えのなさを、この語は静かに肯定している。


英語との違い

「とりとめない」を一語でぴたりと訳す英語はない。

rambling(とりとめなく続く・脱線する)は近いが、話が長くまとまらない否定的な含みが強く、漂うような心地よさを欠く。

without focus(焦点のない)は焦点の欠如を述べるだけで、思考が流れていく動的な感触を持たない。

aimless(目的のない)は、向かう先がないことを指すが、当てもなくさまよう寂しさや無為の色が出やすい。

incoherent(一貫性のない)は論理の破綻を指す否定的な語で、「とりとめない」のゆるやかさとはかけ離れている。

どの語にも欠けているのは、どこにも留まらず漂っていく状態を、欠陥としてではなく、そのまま受け入れる感触だ。


類語との違い

茫洋(ぼうよう)

広々として、とりとめなくぼんやりしている様子。「茫洋」が、海や人柄のように、大きく広がってつかみどころのない様子を指すのに対し、「とりとめない」は、話や考えがまとまらず流れていく状態を指す。茫洋は空間的な広がり、とりとめないは思考の流れに重きがある。

漂う(ただよう)

水や空気に乗って、あてもなく浮かび流れること。「漂う」が物理的・情景的な浮遊を指すのに対し、「とりとめない」は、思考や言葉がまとまらず流れる状態を指す。漂うものに形がないさまは、思考について言えば「とりとめない」に近い。

もやもや

すっきりせず、心に霧がかかったような状態。「もやもや」が、解消されない不快感や引っかかりを含むのに対し、「とりとめない」は、引っかかりというより、つかみどころのなさそのものを指す。もやもやは留まって淀み、とりとめないは留まらず流れていく。


用法

話・言葉について

まとまりがなく、あちこちへ脱線していく会話や文章を指す。

  • 二人はとりとめのない話を、夜更けまで続けた。
  • 緊張がほどけて、とりとめもないおしゃべりになった。

思考・心情について

焦点の定まらない、漂うような物思いを表す。

  • 電車に揺られながら、とりとめのないことを考えていた。
  • 眠る前の頭には、とりとめない思いばかりが浮かんでは消えた。

文体について

書き言葉・話し言葉のどちらでも使える。日常的でやわらかな語で、随筆やエッセイのタイトル(「徒然なる〜」と同じ系譜で)にもしばしば用いられる。


例文

話・会話

  • 内容は覚えていないが、あのとりとめのない会話が一番楽しかった。
  • 会議は脱線続きで、とりとめのない議論に終始した。
  • 久しぶりに会った友と、とりとめもなく語り明かした。

思考・心情

  • 窓の外を眺めながら、とりとめのない物思いにふけった。
  • 熱のせいか、頭の中はとりとめない断片でいっぱいだった。
  • 答えの出ない問いを、とりとめなく転がし続けていた。

文学的な用法

  • とりとめない思いは、言葉にした途端に逃げていく。
  • 雲のように、考えはとりとめなく形を変えていった。
  • とりとめのない一日こそ、あとになって妙に懐かしい。

この言葉が似合う風景

夜更け、特に話すこともないのに、なんとなく続いていく友との会話。電車の窓に流れる景色を眺めながら、頭のなかをあてもなく巡っていく考え。眠りに落ちる直前、浮かんでは消えていく断片のような思い——「とりとめない」は、そういう焦点の定まらない時間に似合う。

それは無駄でも、欠陥でもない。掴もうとすれば逃げ、留めようとすれば流れていく。その手応えのなさを、責めずにそのまま漂わせておくとき、思考はかえって自由になる。

とりとめないが似合うのは、どこへも向かわず、ただ流れていくことを許された、ゆるやかな時間だ。


まとめ

「とりとめない」は、まとまらず、つかみどころのないまま流れていく思考や言葉の状態を表す言葉だ。

英語に一語で訳しにくいのは、この語が、焦点のなさを否定としてではなく、ひとつの心地よい状態として受け止めているからだろう。掴めないものを掴もうとせず、流れるにまかせる——「とりとめない」という一語は、曖昧さをそのまま肯定する日本語の感性のなかにある。