どこへ行こうとしているわけでもなく、ただ歩いている——「さまよう」は、そういう動きの名前だ。
意味
目的地も方向も定めず、あてもなく歩き回ること。また、思考や意識が定まらず、ある対象から別の対象へとさまよい続ける状態。
物理的な移動だけでなく、「思い出の中をさまよう」「言葉を探してさまよう」「意識がさまよう」のように、内面の漂泊にも使われる。
共通するのは、向かう先がないという感触だ。
語源
「さまよう」は「さ迷う(さまよう)」という形で古語から使われてきた。「さ」は動詞の語感を強める接頭語、「迷う(まよう)」は方向を失って迷うことを指す。
方向を失って迷う——しかし「さまよう」は「迷う」より開かれた感触がある。「迷う」のは目的地があるのに見失った状態だが、「さまよう」は最初から目的地のないことが多い。
品詞・活用
- 品詞:動詞(自動詞・五段活用)
- 文語形:さまよふ
| 形 | 活用形 |
|---|---|
| さまよわない | 否定形 |
| さまよいます | 丁寧形 |
| さまよう | 基本形(終止形) |
| さまよえば | 仮定形 |
| さまよって | て形 |
ニュアンス
「さまよう」には、「たゆたむ」や「漂う」とは異なる疲弊感・喪失感が含まれることが多い。
「たゆたむ」は穏やかで否定的でない揺れだ。「漂う」は流れに身を任せる受動的な美しさを含む。しかし「さまよう」は、どこへも行けない状態を指す言葉として、やや追い詰められた含みを持つことが多い。
たゆたうのは美しい揺れだ。さまようのは、帰れない揺れだ。
「さまよう」の孤独感は、目的地があれば「迷子」と呼べる。しかし目的地がそもそもないとき——行くべき場所が消えたとき——そのとき人は「さまよう」。
英語との違い
「さまよう」に近い英語はいくつかあるが、一語で一致するものはない。
wander(さまよう・うろつく)は最も近いが、日本語の「さまよう」が持つ喪失感・孤独感より軽く、自由な旅のようなポジティブな含みも持つことがある。
roam(放浪する)はより自由な感じがあり、「さまよう」の追い詰められたニュアンスが薄い。
drift aimlessly(目的なく漂う)は記述的には近いが、複数語になる。
どの語にも欠けているのは、目的地そのものがなくなってしまった喪失感——どこへ行けばいいかわからないのではなく、どこへも行けない、という感触だ。
類語との違い
たゆたむ
穏やかに揺れる、定まらない状態。「たゆたむ」は安定した揺れで、否定的でない曖昧さを含む。「さまよう」は揺れに疲弊が伴い、出口を求めている感触がある。
漂う(ただよう)
流れに運ばれるように浮かんでいること。「漂う」は流れという方向性があるが、「さまよう」にはどこへも向かわない感触がある。漂うのは受動的な美しさ、さまようのは能動的な不在だ。
揺らぐ(ゆらぐ)
不安定に揺れる状態。「揺らぐ」は定まらない内面の状態だが、場所は変わらない。「さまよう」は移動を伴うことが多い。
迷う(まよう)
方向を失って途方に暮れる。「迷う」は目的地があるのに道を失った状態で、「さまよう」は目的地そのものがない状態だ。
用法
物理的な移動
あてもなく歩き回る、または一定の場所を行き来する動きを指す。
- 見知らぬ街をさまよった。
- 夜の公園をさまよい歩いた。
意識・思考・感情の漂泊
思考が定まらない状態、意識が別の場所へ向かっている状態。
- 夢の中をさまよった。
- 思い出の中をさまよいながら、時間が過ぎた。
文体について
動詞として幅広く使える語。書き言葉・話し言葉ともに自然だが、「魂がさまよう」「意識がさまよう」のような詩的・文学的な用法では書き言葉に多い。
例文
物理的な移動
- 旅先で道に迷い、見知らぬ路地をさまよった。
- 夜中に眠れなくて、暗い部屋をさまよい歩いた。
- 霧の中で方向を失い、森の中をさまよった。
内面・思考
- あの出来事以来、気持ちがさまよっている。
- 答えが見つからないまま、思考の中をさまよい続けた。
- 夢の中でさまよった景色が、目覚めた後も消えなかった。
文学的・存在論的
- 魂が行き場を失ってさまようような夜だった。
- 彼女の声は、遠い記憶の中をさまよっているようだった。
- 何のためにここにいるのかわからず、たださまよっていた。
この言葉が似合う風景
何かを失ったあと、どこへ行けばいいかわからないまま歩いているとき。夜中に眠れなくて、家の中をうろうろしているとき。大切な人がいなくなって、その人がよく行っていた場所をあてもなく歩いているとき——「さまよう」はそういう時間に宿る。
さまよう人は、迷子ではない。帰りたい場所がどこかわからなくなった人だ。あるいは、帰れる場所がもうなくなった人だ。
「さまよう」が似合うのは、向かう場所が消えてしまった、あとの時間だ。
まとめ
「さまよう」は、目的地のない移動——あるいは目的地そのものが消えてしまった状態——を指す言葉だ。
英語の "wander" が自由な旅のニュアンスを持ちうるのに対し、「さまよう」は喪失感と孤独を含むことが多い。たゆたむが穏やかな揺れなら、さまようは帰れない揺れだ——その微妙な差異が、「さまよう」という語の独自の感触を作っている。