儚さのことば

徒然

tsurezure

idle tediumlistless idlenessennuihaving nothing to do

することもなく、ただ時間だけが過ぎていく——その手持ち無沙汰な静けさのなかに、ふと寂しさがにじむ。その状態を、古い日本語は「徒然」と呼んだ。


意味

することもなく、手持ち無沙汰なまま時間が過ぎていくこと。あわせて、その所在なさのなかに漂う、もの寂しく沈んだ心の状態を指す。

ただ暇である、というだけではない。何もすることがない時間に、しんと立ちのぼってくる寂しさや、とりとめのない物思いまでを含むのが「徒然」だ。現代では「徒然なるままに」という形で、古典に由来する言い回しとして残っている。

この語に共通する感触は、無為の時間のなかに、静かに沈んでいく心だ。


語源

「つれづれ」は和語で、「連れ連れ」、すなわち同じ状態がとぎれず続いていく様子に由来すると考えられている。変化のない時間が、ただ長く連なっていく感覚を表す語だ。

漢字の「徒然」は当て字で、「徒(いたずらに・むなしく)」「然(そういう状態)」を当てている。鎌倉末期、兼好法師の随筆『徒然草』の冒頭、「つれづれなるままに、日暮らし、硯(すずり)にむかひて……」が、この語をもっとも有名にした用例だ。

品詞・活用

  • 品詞:形容動詞(文語「つれづれなり」)/名詞的にも用いる
  • 現代の用法:徒然に/徒然なるままに
  • 語源説:「連れ連れ」が続くさまを表すとする説が有力(諸説あり)
文語・終止形つれづれなり
連体形つれづれなる(ままに)
副詞的用法徒然に筆をとる

ニュアンス

「徒然」は、ただ「暇」であることとは少し違う。

「退屈」が、何かを求めているのに得られない不満を含むのに対し、「徒然」はもっと静かだ。することがない、その状態をそのまま受け入れ、流れる時間に身をゆだねている。けれどその静けさの底には、ひとりでいることのもの寂しさが、うっすらと沈んでいる。

徒然とは、空っぽの時間に、心が静かに沈んでいくことだ。

だから「徒然なるままに」と書き出すとき、そこには、所在なさと、その所在なさが連れてくる物思いの両方が含まれている。


英語との違い

「徒然」を一語で言い表せる英語はない。

idle tedium(無為の退屈)は「することがない」状態を伝えるが、そこに漂うもの寂しさや、静かな物思いの色を含まない。

ennui(アンニュイ・倦怠)は無為から来る気だるさを指し、近い面もあるが、近代的な虚無や厭世の響きが強く、徒然のしっとりした寂しさとは質が違う。

listless idleness(気の抜けた無為)は状態の描写としては近いが、説明的で、一語に凝縮された情緒がない。

having nothing to do(することがない)は字義どおりで、心の状態にはまったく踏み込まない。

どの語にも欠けているのは、何もない時間のなかに、もの寂しさと物思いが静かに立ちのぼってくる、その感触だ。


類語との違い

愁い(うれい)

心に漂う、晴れないもの悲しさ・憂い。「愁い」が感情そのものを指すのに対し、「徒然」は、その感情が生まれてくる無為の時間と状態を指す。徒然のなかに、ふと愁いが差してくる、という関係にある。

侘び寂び(わびさび)

質素で静かなもの、移ろい古びたもののなかに見出す美。「侘び寂び」が、不足や寂しさを美として肯定する美意識であるのに対し、「徒然」は、その手前にある所在ない時間と心の状態を指す。徒然の寂しさは、まだ美にまで昇華される前の、生のままの感触だ。

無常(むじょう)

すべては移り変わり、永遠のものはないという認識。「無常」が世界のあり方をめぐる思想であるのに対し、「徒然」は、ひとりの人間が無為の時間のなかで感じる、より個人的で具体的な心の状態を指す。


用法

無為の時間を表すとき

することがなく、時間を持て余している状況を指す。

  • 雨が続き、徒然なるままに本ばかり読んでいた。
  • 徒然に窓の外を眺めていると、いつの間にか日が暮れていた。

もの寂しい心情を表すとき

所在なさのなかに沈んでいく、静かな寂しさを表す。

  • ひとりの夜は、どうしても徒然の思いがつのる。
  • 客の途絶えた店先で、主人は徒然をかこっていた。

文体について

文章語・古語的な響きが強く、現代では「徒然なるままに」「徒然に」という形で書き言葉に用いられる。日常会話では「手持ち無沙汰」「退屈」が同じ場面を担うが、「徒然」にはそれらにない静かな情趣がある。


例文

無為の時間

  • 長雨の日々、徒然なるままに古い手紙を読み返した。
  • することもなく、徒然に庭の苔ばかり眺めていた。
  • 退院後のしばらくは、ただ徒然と過ぎていく時間だった。

もの寂しい心情

  • 灯をともすころになると、徒然の寂しさがしのび寄ってくる。
  • ひとり暮らしの徒然を、彼は猫と暮らすことでまぎらわせた。
  • 何をするでもない午後、胸に徒然の思いが広がった。

文学的な用法

  • 徒然なるままに筆をとれば、とりとめのない思いばかりが連なる。
  • 徒然とは、時間に置き去りにされたような心地のことだ。
  • 暮れていく空を前に、徒然の物思いはいつまでも尽きなかった。

この言葉が似合う風景

雨が幾日も続き、出かけることもできず、ただ家のなかで時間が過ぎていく午後。客足の絶えた店先で、することもなく外の通りを眺めているとき。灯ともしごろ、ひとりきりの部屋で、何をするでもなく物思いにふけっているとき——「徒然」は、そういう所在ない時間に静かに宿っている。

それは退屈とは少し違う。空っぽの時間をそのまま受け入れながら、その底からじわりとにじんでくる寂しさを、否定もせずに味わっている。兼好法師が硯に向かったのも、おそらくはそういう時間だった。

徒然が似合うのは、することのない静けさのなかで、心がそっと沈んでいく、その手持ち無沙汰なひとときだ。


まとめ

「徒然」は、何もすることのない時間と、そこに漂うもの寂しさを、まとめて抱えた言葉だ。

英語に一語で訳せないのは、この語が「暇である」という状態だけでなく、その無為のなかに立ちのぼる物思いと寂しさまでを含んでいるからだろう。空っぽの時間を厄介な空白とせず、ひとつの味わいとして受け止める——「徒然」という一語は、無為のなかに情趣を見出してきた日本語の感性のなかにある。