明日の遠足を思うと、今夜がやけに長く感じる——その、楽しみのせいで時間が伸びていくような気持ちを、日本語は「待ち遠しい」と呼ぶ。
意味
待っているものごとが早く来てほしいと、心待ちにしている様子。また、楽しみにしているために、その時までの時間が実際より長く感じられる状態。
「待ち遠しい」の核心にあるのは、ただ待つことではなく、期待があるからこそ、待つ時間が遠く引き伸ばされて感じられるという時間の感覚だ。心が先へ先へと急ぐぶん、今この時がもどかしく長くなる。
語源
「待ち遠しい」は、動詞「待つ」の連用形「待ち」と、「遠い」を意味する古語「遠し(とおし)」が結びついて形容詞化した語。
待っている対象が、時間の上で「遠く」にあるように感じられる——つまり「なかなかその時が来ない」という感覚が、そのまま語の成り立ちに表れている。距離の「遠さ」を、時間の長さに重ねた表現だと言える。
品詞・活用
- 品詞:形容詞(い形容詞)
- 語構成:動詞「待つ」の連用形「待ち」+古語形容詞「遠し」
| 形 | 活用形 |
|---|---|
| 待ち遠しくない | 否定形 |
| 待ち遠しかった | 過去形 |
| 待ち遠しい | 基本形(終止形) |
| 待ち遠しく(なる) | 連用形 |
| 待ち遠しさ | 名詞化 |
ニュアンス
「待ち遠しい」がほかの「待つ」表現と違うのは、その待ち方に期待と喜びが含まれている点だ。
ただ待つだけなら「待つ」で済む。だが「待ち遠しい」には、来るものが嬉しい・楽しみだという前提がある。だからこそ、待つ時間そのものがじれったく、長く感じられる。退屈で時間を持て余すのとは逆で、心が先に到着してしまっているために、体のある「今」が遅れて感じられるのだ。
早く来てほしい、と思うほど、その時は遠くなる。
この、期待が時間を引き伸ばすという逆説が、「待ち遠しい」という語の味わいだ。
使うことで伝わるのは、楽しみにしている気持ちの大きさだ。「待ち遠しい」と言うとき、人はその対象をどれだけ心待ちにしているかを、待ち時間の長さに託して伝えている。
英語との違い
英語にも「楽しみに待つ」表現はあるが、「待ち遠しい」が含む“時間が長く感じられる”という感覚まで一語で表すのは難しい。
looking forward to(楽しみにしている)は、期待して待つ気持ちを的確に表す。ただしこれは前向きな期待そのものを述べる表現で、「待ち遠しい」にある、待つあいだの時間がもどかしく伸びていく感覚は前面に出ない。
eagerly awaited / long-awaited(待ち望まれた・待望の)は、対象の側に視点を置いた言い方で、「待ち遠しい」の、待つ人の内側でふくらむ時間感覚とは角度が違う。
can't wait(待ちきれない)は、口語的でいきおいのある期待を表し、近い。だが勢いや興奮が強く、「待ち遠しい」のもう少し静かで、時間をかみしめるような余韻には欠ける。
どの表現にも足りないのは、期待のせいで時間が長く感じられる、というもどかしさそのものだ。
類語との違い
待ちわびる(まちわびる)
待っても待っても来ないことに、疲れや不安を感じながら待つこと。「わびる」には心細さ・つらさの色がある。「待ち遠しい」がまだ楽しみの側にあるのに対し、「待ちわびる」は待ちすぎてしんどくなってきた状態に傾く。
待ち焦がれる(まちこがれる)
恋い慕うほど強く、激しく待ち望むこと。「焦がれる」という語が示すように、胸を焦がすほどの切実な期待がこもる。「待ち遠しい」はそこまで激しくなく、もっと日常的で穏やかな心待ちを指す。
心待ち(こころまち)
ひそかに、心の中で楽しみに待つこと。「心待ちにする」は静かで控えめな期待を表す。「待ち遠しい」は、その期待ゆえに時間が長く感じられるという、もどかしさの側まで含んでいる点が異なる。
用法
楽しみな予定を待つ用法
旅行・行事・再会など、具体的な楽しみを待つときに使う。最も基本的な使い方で、「遠足が待ち遠しい」「再会が待ち遠しい」のように、はっきりした対象を取る。
季節や時の巡りを待つ用法
春の訪れや、長い冬の終わりなど、自然の移ろいを心待ちにするときにも使う。「春が待ち遠しい」「桜の季節が待ち遠しい」のように、時間そのものの到来を待つ情感を表せる。
文体について
「待ち遠しい」は会話でも文章でも自然に使える、日常に根づいた語だ。改まりすぎず、くだけすぎず、誰に対しても使える柔らかさがある。子どもから大人まで口にする、親しみやすい言葉だ。
例文
楽しみな予定として
- 久しぶりに家族で出かける週末が、待ち遠しくてたまらない。
- 注文した本の発売日が待ち遠しい。
- 約束の日が待ち遠しくて、何度もカレンダーを見てしまう。
季節・時の巡りとして
- 寒さが厳しいほど、春の訪れが待ち遠しくなる。
- 縁側で日向ぼっこをしながら、桜の咲く日を待ち遠しく思う。
- 夜が長くなるこの季節は、夜明けがいっそう待ち遠しい。
文学的な用法
- 待ち遠しいという気持ちは、まだ来ていない時間を、すでに少しだけ生きていることに似ている。
- 待ち遠しさのなかでは、一日がふだんの何倍にも引き伸ばされる。
この言葉が似合う風景
カレンダーに小さく印をつけた日を、指折り数えている子ども。窓辺で、まだ固いつぼみを毎朝のぞき込む手。長い冬の途中、店先に並びはじめた春物の色を見て、ふと心が軽くなる瞬間——「待ち遠しい」は、そういう「まだ来ていないもの」へ心が向かう場所に似合う。
待ち遠しさは、退屈とは違う。同じ「まだ来ない」でも、その時間には期待という張りがある。だから、待っている時間そのものが、どこか甘く色づいて感じられる。
「待ち遠しい」が似合うのは、楽しみが心に灯っていて、その分だけ時間がゆっくり進む、そんな日々だ。
まとめ
「待ち遠しい」は、楽しみに待つ気持ちと、そのせいで長く感じられる時間とを、一つにして表す言葉だ。
英語に一語で訳しにくいのは、この語が「期待」という感情と「時間の長さ」という感覚を分けずに捉えているからかもしれない。早く来てほしいと願うほど、その時は遠ざかる——その小さな逆説の中に、待つことの豊かさを見いだす感性が、「待ち遠しい」には宿っている。